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沖縄生活の記録帳

仕事の都合で東京から沖縄にやってきた会社員の日常です。

自分とはなんだろう?自分とは行動だ。私の行いの集積が私という人間を表す。

 

私は人を愛することすら満足に出来ない。どこまでも利己的な人間だ。痛みや苦しみに弱く、楽な方へ楽な方へと生きている。

 

それでいてプライドが高く、自分の能力を過大評価してきた。歳を重ねるにつれて、自分の小ささに少しずつ気付きはじめ、ようやく自分が何者でも無いことを理解し始めている。

 

だっていまだ何事も為し得ていない。実績も無ければ人望も無いし、尊敬されてもいなければ重用されてもいない。仕事において特異な能力を発揮するわけでもないし、広く人々の役に立つわけでもない。あまつさえ、家族や恋人など自分にとって最も身近な人間ですら大切にすることが出来ない。

 

そのくせ、人から注目を浴びたい、人に愛されたい、多くの恋愛をしたい、尊敬されたい、などと身の程を知らない欲求ばかりが強く、それでいて怠惰で自堕落、向上心のカケラも無く、必死に努力する人間を冷めた目で見ているような皮肉屋だ。

 

精神的に自立してもおらず、誰かに注目させることでエネルギーを奪い、それを養分として承認欲求を満たして悦に入ったりしていた。

 

気付くと周りが変わって行く。自分は3年間同じメンタリティのまま変わらずに過ごしているのに、周囲の人間が成長して私の元を卒業して行く。

 

私はといえば、ただひたすら果報を寝て待つ日々だ。しかし、いくら寝て待っていても果報は訪れない。何も変わらず寝転んでばかりいる。

 

ようやく自分が何者でも無いと気付き始めてはいるが、自己評価と現実のギャップが大きすぎるから、途方に暮れてしまい、地道な努力や小さな一歩が踏み出せない。一発逆転ばかり狙っては、身の丈に合わず何一つ習慣として定着しない。

 

でももうやめにしよう。

 

今自分に起きていることは、すべて自分が選択したものだということを受け入れよう。結果がすべてだと受け入れよう。

 

今の環境を愛そう。自分が選んできたものを認めよう。この瞬間を味わおう。世界は一瞬一瞬生まれ変わっていることを信じよう。